『ソフィーの世界』の上巻を読んだが、下巻は買わないことにした

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今月のKindle月替りセールで購入した『ソフィーの世界』(上巻)という本を読み終えたのだが、不満が大きいため、下巻は買わないことにした。

以下、備忘録的に不満点を書き出してみる。

まず一番の不満は、これは哲学じゃなくて哲学史だ、ということ。Amazonのレビューでは「哲学の入門書」と書かれていたが、それは間違いだ。

『ソフィーの世界』はストーリーの形式をとっている。ある日、謎の人物から「あなたは誰?」という手紙をもらった少女ソフィーが、その人物から哲学の講義を受けるという内容なのだが、その講義の中身が「ソクラテスがああいった、プラトンはこういった」というもので、哲学の歴史をなぞっているばかり。面白味がない。

これは哲学史だ。哲学じゃない。哲学とは、自分自身で問いを立てることにその本質がある。だから哲学史を学んだだけでは「哲学をやった」とは言えないのだ。

ところが主人公のソフィーは、ちょっと哲学史を学んだだけで自分が賢くなったと錯覚し、母親を見下しはじめる。手紙に書かれていたことをそっくりそのまま母親に話し、それで母親がびっくりして答えられないでいるのを見て、馬鹿にする。手紙から得た知識を、他人を馬鹿にするための道具に使っている。これは勉強する者が一番やっちゃいけない行為でしょう。

その一方で、ソフィーは自分の思い通りにならないことがあると、とたんに感情的になる。はっきり言って、この主人公と一緒に哲学史を学んでいくのはストレスになる、というのが第2の不満。

あとはやはり、ストーリー形式としても面白くない。謎の人物がソフィーに哲学の講義をするシーンは、どうしても会話が説明口調になり、人間味が感じられない。また後半になると、ソフィーの相槌が謎の人物の話を補強するものばかりになってきて、非常にわざとらしく感じる。

というような不満が溜まってきて、「これなら普通の哲学史の本を読んだほうがマシじゃん」と思えてきた。なので、下巻は買わないことにした。

一応、ストーリーにミステリー的な部分があって、そこは面白かったということは述べておく。だがやはり、続きを確認するためだけに下巻を読む気にはならない。