短編集『あなたの人生の物語』で感じたこと

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テッド・チャンの『あなたの人生の物語』という短編集を読んだ。その感想を書こう。

この本はKindleストアのセールで購入した。映画『メッセージ』の原作ということで、以前から気になっていた。なお、映画自体も未見である。PVを見て気になっている、という段階。機会があれば映画のほうも見てみたい。

当たり前だが、短編集なので、いくつかの作品が収められている。本のタイトルにもなっている『あなたの人生の物語』は、異星人とのコンタクトものだ。ある日突然、地球上に何隻もの異星人の宇宙船が出現して、そこにいる異星人とのコミュニケーションを試みる、というもの。

異星人は地球人に対して友好的だが、姿も違えば思考体系も違い、地球人側はコミュニケーションに苦労する。侵略や対立といった要素はなく、コミュニケーションを通じて異星人がどういう生命体なのかを探っていく、サイエンスドラマになっている。

主人公の女性は、彼らの思考体系を探っていくうちに、彼らの能力の一部を獲得するようになる。それが作品のオチにもつながっているのだが、これはオチが重要な作品なので、この場では述べないことにする。詳しくは本書か映画版を見てほしい。

本書の中で一番印象に残った作品は、『地獄とは神の不在なり』という短編だ。テッド・チャンはSF作家で、本書の短編もSFが多いのだが、その中において『地獄とは〜』は神を題材にした作品になっている。基本的には現代をベースにしつつ、天使が人前に降臨し、その現象が世界的にも認知されているという点が特徴だ。

面白いのは、天使の降臨が自然災害の要素も含んでいることだ。天使は地上に降臨すると、「奇跡」によって誰かを救う。しかし、降臨の余波によって引き起こされる災害によって、誰かが命を落とす。そのため、世界には天使賛成派と反対派の両方が存在する。

さらに人が死んだとき、その魂が天国に行くか地獄に落ちるか、周りの人間が目で見てわかるようになっている。また、神への愛がなければ天国に行けないらしい、ということも漠然とだが判明している。こうした状況の中で天使反対派は、自ら進んで地獄に落ちたりする。なお、地獄といっても悪魔が跋扈するような世界ではなく。見た目的には現代の街並みと変わらない。

ここまでが基本的な世界観。ある日、主人公の男性は、天使の降臨によって最愛の女性を失ってしまった。そのことで彼は神を憎んでいる。一方で、最愛の女性は天国へ上っていったため、彼女に再会するためには神を愛さなくてはならない。この矛盾した状況を解決するため、主人公は、神を憎みながら天国へ行くための方法を探ることになる。

詳しくは述べないが、最終的に主人公の思いは報われない。そして彼は、地獄がなぜ地獄なのか、その意味を理解することになる。

チャンのあとがきによれば、この作品はヨブ記に対する不満がベースにあるという。ヨブ記のヨブも『地獄とは〜』の主人公と同様、理不尽によってすべてが奪われるが、それでも美徳を失わなかったヨブに対し、神はヨブが失ったものを再び与える。

チャンはこれが気に入らなかったようだ。というのも、すべてを奪われながら美徳を持ち続けるヨブの姿こそが大事なのに、ヨブに褒美を与えてしまったら、ヨブ記のメッセージ性が薄まってしまう。だからこそ『地獄とは〜』において、主人公は神への愛に目覚めつつも、なにひとつ報われないで終りを迎える。

なるほど、ヨブ記に対するチャンの不満はもっともだ。しかし『地獄とは〜』を読み終えてみると、この作品で描かれる神と、ヨブ記の神は、もはや別人格としか思えない。ヨブ記の神は神なりの明確な計画があるのに対し、『地獄とは〜』の神は、なんだかよくわからない、気まぐれで人を救い、気まぐれで人を地獄に落とす、はた迷惑な存在にしか見えない。

「神はこういういい加減な存在」とチャンは言いたかったのかもしれない。だが、ヨブ記のアンチテーゼとして作るのなら、神の人格は同一であらなければ意味がないのでは、と思う。ヨブ記の支持者が『地獄とは〜』を読んでも、「この作品で描かれている神は神ではありません」と切り捨てるだけだろう。

結局のところ、神や天使といった存在を可視化しつつ、美徳というテーマを描くのが難しいと言える。「報われない美徳にも価値がある」と描くためには、超常の存在は出さないほうがいい。

それはそれとして、「災害を伴う天使」というアイデアは非常に面白い。誰か、この作品を映画化してくれないものだろうか。