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姫呂ノート

散文的な個人ブログ

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書評『論理的な文章が自動的に書ける!』(倉島保美)

読書

論理的な文章が自動的に書ける!

『論理的な文章が自動的に書ける!』という本を読んだ。ビジネス文書や論文を書くのに最適な「論理的な文章の書き方」について書かれたもので、「自動的」という言葉に惹かれて購入。論理的な文章を書こうとすると、どうしても文章の構成を考えることに時間を取られてしまうが、その欠点を克服するヒントがあるのではないかと期待した。

結果、期待は裏切られた。最後まで読んでみても「自動的」に書けるような気はまったくしなかった。やはり、論理的な文章は考えながらじゃないと書けないのだろう。僕の考えが甘かった。

それはそうと、本書を読みながら「この本に書かれているような論理的な文章が、本当に良い文章なのか」と感じたので、そのことについて書いていきたい。

その前に、本書について簡単にレビューしておこう。結論を言うと、ビジネス文書を学ぶ目的で読むのならば、同類の本のなかでも良い部類だ。どこが良いかというと、練習問題がついている点だ。読んで覚えた内容をすぐに実践することができるので、レベルアップが望めること間違いなし。現在、残念ながらAmazonでは中古しか取り扱いがないようだが、そのぶん安くなっている。下手に新品の本を買うよりは、値段が安い本書を取り寄せたほうがいいだろう。

さて、本書を読んでいて感じたことについて書こう。僕が感じたこととは、「この本に載っているような書き方で、本当に人を納得させられるのか」という点である。

本書では、「論理的な文章は伝達効率が最優先」とされ、小説が持つような「文章の味わい」は否定されている。誰が読んでも同じ理解になるように、感情は排し、文章を切り詰めて、客観的な情報をわかりやすく書いていくことが良しとされている。

単に情報を伝達することだけが目的の文書なら、このアプローチは正しい。しかし、これが作文や企画書などといった、人を説得する必要がある文書になると、このアプローチでは失敗するだろう。なぜなら、論理は感情に訴えないからである。人は、論理で納得するのではない。感情を動かされたときに初めて本当に納得するのだ。

もちろん、論理的に述べることは大切だ。論理がめちゃくちゃでは、そもそも言いたいことが伝わらないからだ。しかし、だからといって文章の味わいを殺し、単調に書いていくだけでは、ビジネスの場でも通用しない場面が出てくる。いちいち具体例は上げない。考えてみるといい。自分の人生のなかで、単調な文章に心を動かされたときが果たしたあっただろうか、と。

本書では、文章に味わいが必要とされるのは小説などの芸術の世界だけで、ビジネスの世界では味わいは不要と筆者は述べている。本当にそうか。ひと口にビジネスといってもさまざまな職種があるわけだが、「自分(または自分の会社)の提案を相手に納得させる」という場面は、ほとんどの職種に共通して存在する。そのとき、「客観的に、わかりやすく書く」だけでは、絶対に足りない。相手の感情を動かすことを意識し、文章に起伏を持たせなければ、納得させることは難しい。

文章は、単に情報を伝えればいいというものではない。相手を納得させることができなければ、良い文章とはいえない。そして、納得させるためには、「伝達効率が最優先」というアプローチでは駄目なのだ。繰り返すが、論理的に書くことは否定しない。大切だと思っている。だが、効率を重視すると、文章にインパクトがなくなる。それが問題だということだ。

……と、僕が読みながら感じたことを書いたわけだが、別に本書を真っ向から否定しているわけではない。上のほうでも書いたが、「論理的に書くことを学ぶ」という点では良い教材だ。ちゃんと「論理だけでは足りない」ということさえ踏まえつつ読めば、非常に有益な本だろう。

が、「自動的に書ける」は明らかに誇張だ。この部分だけは思いっきり批判させてもらう。嘘をつくな!