恐怖の『一九八四年』

小説『一九八四年』を読んだ。ジョージ・オーウェルの代表作にして全体主義社会の恐ろしさを描いた超有名な作品。これまで「ビッグ・ブラザー」といった固有の単語は知っていたが、ストーリーを通しで読むは初めてだった。

簡単にまとめると、主人公のウィンストン・スミスが「党(=オセアニア政府)」によってその信念を完膚なきまでに打ち砕かれてしまうという、敗北の物語だ。

この世界はオセアニア、イースタシア、ユーラシア3大国が世界を分割統治しており、それぞれの国は対立しているものの、イデオロギー自体は非常に似通っている。つまり、どの国も監視社会によって政府が国民を支配しているのだ。

ウィンストンが暮らすオセアニアは、「ビッグ・ブラザー」と呼ばれる男(実在するかは不明)を頂点としたピラミッド型の権力構造をしており、最下層は「プロレ」という労働者で構成されている。ウィンストン自身は党の外局に勤めており、これは現代でいうところの一般公務員に当たる。

プロレがまともな教育を与えられず、動物のように放し飼いにされているのとは対照的に、ウィンストンのように党の内部で働いている人間は徹底して管理されている。この世界のオセアニアには「テレスクリーン」という双方向のテレビモニターがあり、これは外すことも電源を切ることもできない。テレスクリーンはオセアニアの至るところに設置されており、個人の部屋にまである。双方向ということはこっちがテレスクリーンに映っている人物を見ているとき、向こう側からもこっちの様子が見えるということだ。党はこのテレスクリーンで社会の監視を行っている。そしてテレスクリーンが個人の部屋にまである以上、プライバシーというものは存在しない

党の管理は徹底している。この世界では思考すらも監視しており、少しでも党に対して反抗的な態度を示せば「思考警察」によって逮捕される。逮捕された人間は、やってもいない罪を上乗せされたあげく、拷問され、最後には蒸発(=行方不明に)させられる。また、党は「ニュースピーク」という新しい言語の開発にも取り組んでおり、このニュースピークは党への反抗を示す言葉をあらかじめ排除するよう設計している。つまりニュースピークが完成し、それを全国民に強制させて世代を重ねれば、旧言語は消滅し、人々は党への反抗心を言葉で表すことができなくなる。

さらに党は「二重思考」の訓練を日頃から人々に課している。二重思考というのは要するに現実コントロールのことで、矛盾した2つの事柄を同時に受け入れる能力のことだ。二重思考は、党による無茶苦茶な主張を国民に信じさせるために用いられる。たとえば「2+2=4」という命題があったとして、党が「いや、2+2=5だ」といえば、国民はその2つを同時に受け入れなければならない。

これらはまさに監視社会の極地ともいえる内容だが、問題は、なぜ党がそこまでして国民を管理しようとするのか、という点にある。ウィンストンはその答えを逮捕された後に知ることになるのだが、その答えとは、「ただひたすら権力のため」であった。

党の中枢部は、自分たちの権力欲を偽らない。過去の失敗した全体主義のように「平和のため」とか「国民の安全のため」という誤魔化しを行わない。ひたすら権力を維持する。そのために徹底した管理を行うのだ、と。

ここから先は本編に書かれていないことで想像になるのだが、それでも党は、誕生した頃は「平和のため」と言っていたのではないかと思う。さすがに最初から「監視社会を作るぞ」といって、人々がそれを承知したとは考えづらい(小説内では、頻繁に歴史改竄が行われている関係で、党設立の経緯は不明となっている)。やはり作中の舞台となる1984年までに何度か政治的な闘争があって、その中で監視社会派が勝利して今に至った、ということだろう、

まあ、そういう歴史の過程は瑣末な話ではある。つまるところ、この小説の要は「政府に権力を与えすぎるとこうなる」というモデルケースを提示することであって、読者はまずなによりも、党のやることなすことを素直に怖がればいいのだ。