自分を信じないことで前に進む

深夜、ベッドに入って明かりを消すと、必ずといっていいほど嫌な気分になる。

勝手に思考が働く。思考の方向性は絶えず自分に向けられている。いかに自分が情けなく、惨めなのか、それを再確認する。

それは水中で酸素の玉が浮かび上がっていくような自然さで、自分自身にさえ止めることはできない。僕だって可能なら良い気持ちで眠りにつきたい。誰が好んで嫌な思いを再生するだろうか。

端的に言えば、僕は自分に自信が持てない。むしろ絶望してさえいる。

「自分に自信を持とう」とよく言われる。どの人も、どの本も、自分を信じることの大切さを説いている。そして、自信の根拠がないと答える人には「自信は無根拠でいい」と言う。

だが、これは正しいのだろうか。自信というのは、過去の成功体験が大きく影響している。ならば「無根拠な自信」などというのは偽物の自信ではないか。

これまで、僕はなんとか「無根拠な自信」を身に着けようと必死になってきた。しかし、無駄だった。所詮は偽物の自信。身に着くはずもなく、夜になれば絶望が露わになる。

そこで最近、僕は考えを改めた。

自分のことを信じなくていい。自信がなくてもいい、と。

そう考えてみると、以前よりも心が軽くなった。

そしてわかったのだが、自分を信じるというのは、自分に期待するということと同じなのだ。だから思い通りの結果が得られないと、裏切られたような気になって落ち込んでしまう。

一方、自信がなくてもいいと捉え直すことで、一種の開き直りができるようになる。思い通りの結果にならなくても「まあ、こんなものさ」と流せるようになる。

もちろん、言うほど簡単ではない。いくら頭ではわかっていても、ふとした瞬間に自尊心が顔を出して、負の感情に囚われそうになる。

しかし、そこで自尊心に身を任せてしまうと、結局は心が傷つくことになる。そのため、自尊心が出てきたら、意識してこれを抑える必要がある。

成功体験がない人間は、自分の自信のなさを受け入れることで、むしろ前に進めるようになる。その先に、本当の自信を手に入れることができるだろう。