間違いなくアメコミ映画トップクラス──映画『ワンダーウーマン』感想

映画『ワンダーウーマン』を鑑賞してきた。感想をひと言で述べると、もの凄い傑作だった。もちろん細かい欠点がないわけではないが、欠点なんてものはどんな映画にだってある。重要なのは、そうした欠点を吹き飛ばすだけのクオリティがあるかどうかであり、そして『ワンダーウーマン』は、間違いなくそれだけのクオリティがあった。

この映画は、アメコミ映画の中でもトップクラスに位置する映画だ。『マン・オブ・スティール』からこっち、DC系のヒーロー映画(DCEU)はガッカリが続いていたが、ここへ来てついにホームランを放った。ライバルのMCUと比べてもひと際まばゆい光を放っている。凄い映画だ。

※以下、ネタバレあり

なぜ『ワンダーウーマン』は傑作なのか。それは、ヒーロー物として最も大事な点が描かれているからだ。

ヒーローの最低条件、それは「人助けをする」ということだ。DCやMarvelにかぎらず、今日にはさまざまなヒーローが作家たちの手によって生まれているが、そのどれもが「人助け」をしているという点では共通している。逆に言えば、どんなにヒーローっぽく見えたとしても、この条件を満たさないものはヒーローではない。

本作は、この「ヒーローの条件」を真正面から取り扱っている。「なぜ、人間を救わなければならないのか?」このテーマが主人公ダイアナの目を通して描かれているのだ。

ストーリーが始まった時点で、ダイアナは文明社会から乖離した、アマゾン族だけが住む島にいる。ある日、偶然にも島に不時着したトレバーと出会った彼女は、外の世界で大きな戦争(第一次世界大戦)が起こっていることを知り、戦争の元凶と思われる戦神アレスを倒すため、トレバーとともに戦地へ向かうことを決意する。

しかし、旅の末、ダイアナは厳しい現実に直面することになる。この戦争は人間が起こしたものであり、たとえアレスを倒したところで争いは止まらない──この現実を知ったとき、彼女はそれ以上戦うことを拒否する。アマゾン族という、人間から一歩引いた立ち位置の彼女からしてみれば、人間同士が起こした戦争に関わる理由がないからだ。

そんな彼女の前に、ついにアレスが姿を現す。アレスは昔から人間の愚かさを理解しており、彼の目的は、この戦争を利用して人間を一掃することだった。

ダイアナはアマゾン族の使命にしたがってアレスに剣を向けるが、当のアレスは、戦いつつも人間の愚かさを彼女に諭そうとする。そしてアレスの目論見どおり、ダイアナは、邪悪な毒ガス兵器を作ったドクター・ポイズンを、一度は殺そうとする。

だが、そこでダイアナは、トレバーの存在を思い出す。戦いの中で愛し合うようになったふたりだったが、トレバーは毒ガスによる虐殺を防ぐため、その命を犠牲にしてしまう。

別れ際、トレバーは「もっと一緒にいたかった」と彼女に告げる。しかし、それでも彼は行ってしまった。目の前の恋愛よりも、もっと大事なものがあるからだ。それは彼が信じる正義であり、人々に対する愛でもある。

トレバーを通じて、愛(恋愛ではなく、もっと広い意味の愛)を知ったダイアナは、ドクター・ポイズンの命を助け、迷うことなくアレスに立ち向かっていく。この瞬間から、彼女はアマゾン族の戦士でもなく、神の兵器ゴッドキラーでもなく、自分自身の信念で人々を助ける道を選んだのだ。それは同時に、スーパーヒーロー=ワンダーウーマンが誕生した瞬間でもある。

製作者が、この映画を通じて描いたものは明白だ。「強いから、あるいは特殊な能力を持つから、ヒーローなのではない。人を助けるという信念を持つ者がヒーローなのだ」。ストーリーのすべては、このことを描くためにあった。

ヒーローがヒーロー足り得る理由。それを十全に描いているからこそ、『ワンダーウーマン』はアメコミ映画の中でもトップクラスなのである。


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