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『たとえる技術』でさまざまな比喩のテクニックについて学ぶ

せきしろさんの『たとえる技術』を読んだ。

タイトルでわかるとおり、「たとえ」──比喩に関する本で、さまざまなテクニックを学べるようになっている。

僕は「たとえ」が苦手で、油断しているとすぐ「もの凄い」とか「めちゃくちゃ〜だ」とか使おうとしてしまう。

文章がうまい人は、「たとえ」もうまい。正直に言って、巧みな「たとえ」を目にすると嫉妬する。自分でも上手に物事をたとえてみたいと思う。

文筆家として評価の高いせきしろさんの「たとえ」を読むことで、少しでも自分の腕を磨きたい。そのために本書を購入した。

本書で登場する「たとえ」の例は、どれも秀逸だ。

例えば、もみじの赤さを表す「たとえ」で、「進研ゼミから返ってきた答案のように赤いもみじ」というのがある。巧みであると同時に面白い。

ほかにも、こんなのがある。

  • 子供の頃入った押入れのように暗い。

  • あいつはコンビニのトイレを借りるためにガムを買うような気遣いのできる男だ。

  • すぐに消えてしまうしゃぼんだまのように丸い。

  • カレーうどんを食べる前のシャツのように白い雲。

  • 花粉症の薬を飲んだ時のように眠い。

  • 教科書のページをめくるような風。

  • 決闘が行われたかのように手袋が落ちている。

  • 片づけられた大宴会場のように広い。

  • 夕方のジャングルジムの影のように長い。

  • 自分のこたつのようなホーム感。

これらはほんのごく一部だが、このたった10個の例を読んだだけでも、せきしろさんのセンスの高さがわかるだろう。

これらの「たとえ」が優れているのは、たった一文だけで具体的な情景が思い浮かぶところだ。

そもそも、「たとえ」が必要とされるのは、「凄い」とか「楽しい」だけでは、自分が感じたことが相手にうまく伝わらないからだ。物事を類似したなにかにたとえることで、より具体的にイメージを伝達できる。おかしな話だが、別のなにかを用いることでむしろ正確さが増すという性質が、言葉にはある。

もし「たとえ」を極めることができたなら、一流の職人が作った腕時計のような正確さで、自分が見たもの、聞いたものを、伝えることができるだろう。

そこまでの領域に到達することができるのか。それは、今後の僕しだいだ。