グリット(やり抜く力)を強くする方法と、強くなりすぎる弊害について

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前回の読書感想の続き。

グリット(やり抜く力)の強さは生まれつき決まっているのだろうか、という話から。この点については、「ある程度までは遺伝子で決まる」という。一方で、周りの環境による影響も大きい。また、グリットは加齢とともに強くなる傾向があるという。

もちろん、グリットを意図的に強化することもできる。そのためには、以下の4つのステップをこなせばいい。

グリットを強くする4ステップ

  1. 「興味」──自分のやっていることを心から楽しんでこそ情熱が生まれる。

  2. 「練習」──日々の努力を怠らないこと。ある分野に興味を持ったら、脇目も振らずに打ち込んで、自分のスキルを上回る目標を設定してはそれをクリアすることに励む。自分の弱点をはっきりと認識し、それを克服するための努力を繰り返す。

  3. 「目的」──自分の仕事を重要だと確信する。自分の仕事が個人的にも、世の中にとっても役に立つと意識する。

  4. 「希望」──困難に立ち向かうために希望が必要。

ところで、仕事に関して「好きなことを仕事にするのは本当にいいのか?」という議論がよく持ち上がる。これに関しては、「興味」を研究している科学者たちが、この10年ほどで以下のような結論に達したという。

第一に、人は自分の興味に合った仕事をしているほうが、仕事に対する満足度がはるかに高いことが、研究によって明らかになった。これは約100件もの研究データをまとめ、ありとあらゆる職種の従業員を網羅したメタ分析による結論だ。

第二に、人は自分のやっている仕事を面白いと感じているときのほうが、業績が高くなる。これは過去60年間に行われた、60件の研究データを集計したメタ分析による結論だ。自分の本来の興味に合った職種に就いている従業員たちは、業績もよく、同僚たちに協力的で、離職率も低いことがわかった。また、自分の興味に合った分野を専攻した大学生は、成績が高く、中途退学の確率も低いことがわかっている。

著者は、グリットを伸ばすためには辛抱強さを身につけなければいけないとする一方で、「自分が本当に面白いと思っていることでなければ、辛抱強く努力を続けることはできない」とも述べている。

まさにその通りだと思う。辛抱強さは大事だが、自分が本当に好きでもないことに対してまで辛抱強さを発揮するのは馬鹿げている。嫌なこと、興味のないことを続けるのは、ただストレスを増大させるだけだ。

努力に関しても、著者は、無闇に努力しているだけでは駄目だと説く。どの分野においても、上達のためには「意図的な努力」が必要だという。

  1. すでに得意なところをさらに伸ばすのではなく、具体的な弱点の克服に努める。

  2. 改善すべき点がわかったあとは、うまくできるまで何度でも繰り返し練習する。

こうしたものが「意図的な努力」と呼ばれる。

なお、「意図的な努力」は基本的に楽しくないため、1日に3〜5時間程度が限界とされている。決して「長時間の練習=意図的な努力」ではないので、その点は要注意。

ところで、グリットとは要するに個人のメンタルの強さのことだ。グリットの達人にインタビューをすると、「若い頃のつらい経験があったから強くなれた」と答える人が多い。しかし、つらい経験によってメンタルが弱体化してしまう人も大勢いる。

なぜ、このような違いが生まれるのだろう? 逆境を経験したとき、メンタルが強くなる人と弱くなる人は、どこが違うのだろうか?

本書によれば、そのヒントは「成功体験」にあるという。ここでいう成功体験とは、「自分は困難に打ち勝った」という実感のことだ。

成功体験があれば、逆境をバネに強くなることができる。逆になければ、メンタルが弱ってしまうというわけだ。

難しいのは、本人がちゃんと成功を実感していなければ意味がないこと。ただ励まされるだけでは無意味なのだ。

鬱病患者に「頑張れ」と言ってはいけないのも、要するにそういうことだ。本人が成功を実感できていないのに、いくら周りが励ましたところで意味がない。それどころか、無用なプレッシャーをかけることになりかねない。

著者は、「若い時期に困難に打ち勝つ経験をしておくと、その後、困難によるストレスに耐性ができる」と述べている。しかし、若者に困難を与えて、それに打ち勝たせるというのは、なかなか難しい。打ち勝つためのお膳立てを整えてしまうと、クリアが約束されたゲームになってしまう。気軽に教育へ応用することはできない。

1つだけ言えるのは、もし身近な若者が困難にぶち当たっていたら、好きなことなら徹底的にチャレンジさせ、逆に本人が興味のないことだったらほどほどにやらせる、ということだろうか。

最後に、「グリットが強すぎる弊害はあるのだろうか?」といったテーマが考察されている。

弊害とは、たとえば、本当は興味がないことを粘り強く頑張った結果、時間を無駄にしてしまった、というケース。

著者は、最終的に「グリットが強すぎて困ることはない」と結論している。本当にそうだろうか?

グリット──やり抜く力は、「こだわる力」と言い換えることもできる。こだわりは、良いほうに働くときもあれば悪いほうに働くときもある。

こだわりが強すぎると、柔軟な発想ができなくなる。また、ひとつの会社、ひとつの職業、ひとつの生き方に執着して、人生を壊してしまうことさえある。「過労死」などというのは、まさにこだわりが強すぎるが故に起きる問題では?

この著者が「やり抜く力」が強くなりすぎることに対してあまり懸念していないのは、日本の状況を知らないからだろう。日本の社会問題を知れば、「やり抜く力」の弊害がよくわかるはずだ。

ただし、自分が心の底から好きなことに対して「やり抜く力」を発揮するのは悪いことではない。問題は、「やり抜く力」を発揮する場面とそうでない場面をしっかり見極める視点だろう。この視点は、常に自己分析をすることでしか養われない。

総評として、「やり抜く力」は重要だが、それ以上に自己分析を続けることが大切なのだと言える。