グリット(やり抜く力)とは、地道にコツコツ努力を継続すること

『やり抜く力 GRIT』という本を読んでいる。GRITは「グリット」と読むそうだ。

僕がこの本を購入したのは、もちろん「やり抜く力」を得たいからだ。

現在、僕は鬱を患っている。そのせいで集中力が続かない。調子がいいときは1時間くらい書き続けることもできるが、逆に悪いときは1分で限界が来る。平均すると10分から15分といった感じだ。

なんとか集中力を伸ばす方法はないのか……そのヒントが欲しかった。

今のところ前半部分まで読んだ。前半部分は、グリット(やり抜く力)とはなんなのか、という点が説明されている。

まず重要なのが、グリットと才能は異なる概念だということ。「困難に対処する力は、才能とはほとんど関係ない」「重要なのは、ネバーギブアップという態度」などといったことが書かれている。

しかし現実には、人々は才能の力を過信している。たとえば、企業が人材を採用するときも才能が注目される。ここで問題なのは、才能があるからといって成果を出せるとは限らない、ということだ。

本書では、その例としてマッキンゼーの「人材育成競争」が挙げられている。

能力のある人材を積極的に昇進させ、能力の低い人材は容赦なく切り捨てる。熾烈な競争を勝ち抜いたものが優遇される環境を作ることで、優秀者が他社へ引き抜かれないようにする。このマッキンゼーのビジネス哲学は「人材育成競争」と呼ばれる。しかし、マッキンゼーの推奨どおりに人材を扱った企業は、いずれも業績が低迷したという。

なぜ、この一見正しそうな哲学が失敗したのか? ジャーナリストのグラッドウェル氏は次のように答えた。

「誰よりも優秀だと証明してみせろ」と従業員たちを煽り立てることで、ナルシストの温床ができあがり、信じがたいほどうぬぼれが強いと同時に、つねに「自分の能力を見せつけなければ」という強い不安と衝動に駆られる従業員が増えすぎたのだ。短期間で結果を出すことをなによりも重視し、長期的な学習や成長を妨げる企業文化だった。

「短期間で結果を出すことをなによりも重視し、長期的な学習や成長を妨げる企業文化」……つまり、才能を「えこひいき」することで、学習や成長といったその他の要素を影に追いやってしまっていたのだ。

また、才能のある人間を「天才」と持ち上げることについて、著者は、以下のようなニーチェの言葉を引用して警句する。

「あまりに完璧なものを見たとき、我々は『どうしたらあんなふうになれるのか』とは考えない」。その代わりに「魔法によって目の前で奇跡が起こったかのごとく熱狂してしまう」

「我々の虚栄心や利己心によって、天才崇拝にはますます拍車がかかる。天才というのは神がかった存在だと思えば、それにくらべて引け目を感じる必要がないからだ。『あの人は超人的だ』というのは、『張り合ってもしかたない』という意味なのだ」

実際には、一流と呼ばれる人々は「当たり前のこと」ばかりしている。無数の小さなスキルの積み重ねが、最高のパフォーマンスにつながっているのだ。

……ここまで読んで、少しつらくなってきた。

僕は長時間の集中が苦手だ。マラソンだってすぐにギブアップしてしまう。この本で書かれている「努力する力」が圧倒的に欠けているのだ。

鬱を患っているかぎり何も達成できないのでは? 読んでいると、そういうふうに思えてくる。

と、そう思っていたら、次の章で「『ものすごく頑張る』と『やり抜く力』は違う」という話が出てきて、少し安心した。最大瞬間風速で頑張るのではなく、継続することが大切なのだという。

確かに、僕は長時間の努力はできない。だが、少しずつ努力することを毎日継続することだったら可能だ。

要するに、1回の結果にこだわらず、地道にコツコツと努力を重ねることがグリットの肝なのだろう。

ここまでの内容を、簡単に表した式が載っていた。

  • 才能 × 努力 = スキル
  • スキル × 努力 = 達成

最後に、漫画家マンコフのエピソードが個人的に参考になった。

「ザ・ニューヨーカー」への掲載を目指し、何度も作品を投稿するマンコフ。途中で別の職に就いたりして諦めようとしたものの、やはり自分の天職は漫画しかないと思って戻ってきた。

そして「ザ・ニューヨーカー」に掲載される作品の共通点を分析する。その結果、掲載される作品には「読者に考えさせること」と「どの漫画家も独特の個性あるスタイルを持っていること」の2つの共通点があることがわかった。

それを基に独自の手法を作り上げたマンコフは、ついに「ザ・ニューヨーカー」へ掲載を果たしたという。

漫画の話だが、小説の世界にも通じるエピソードだ。