異常を背負うということ〜『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』(永田カビ)

一般的に考えて、「さびしすぎてレズ風俗に行ってきた」なんて言われたら、彼女ができないレズビアンが、せめてもの救いとして風俗で性の実感を得るという内容だと思うだろう。よくある風俗初体験レポというやつだ。

この本も、大筋ではそれで間違っていない。ただし、本質は違う。これは作者のエッセイだ。日常的に抱えていた苦しさ、誰にも言えなかったものをぶちまけた。そんな赤裸々で重い話だ。

作者の永田カビさんは精神に病を抱えている。本編では摂食障害と鬱病と書いてあるが、それ以外にもなにかを患っていることが描写からわかる。

一番顕著なのが、母との関係について書いたところだ。永田さんは、母と結びつくことに喜びを感じる。まるで赤ん坊のように、大きくなっても母に抱きつきたがる。それだけでなく、性欲も感じている。母が着替えているところをつい覗いたり、「あまりにも触りたすぎて」おっぱいに触ってしまうこともある。また、母に自分の尻を見られることに喜びを感じたりもする。専門的にどういう病名なのかは知らないが、間違いなく、なんらかの異常を抱えている。

そんな永田さんだから、彼女の性欲の対象は同性だ。そしてあるきっかけによって、今まで自分で自分のことを大切にしてこなかったことに気づき、自分のやりたいことをやろうと思い立つ。考えた末、永田さんがやりたいと思ったのは性的なことだった。彼女はレズ風俗を体験することに決めた。

要するに本書は、異常に生まれてしまった人間が、世の中の「普通」に迎合するのをやめて、自分に素直になるための第一歩を踏み出した。そういう話だ。

永田さんが不幸なのは、彼女の異常に家族の誰も気づかなかったことだ。本書に登場する彼女の母親は、どうも永田さんのことを「怠けている」としか見ていなかったらしい。ことあるごとに「正社員になれ」というプレッシャーをかけてくる。酷なことだ。正社員になって、男性と恋愛して、結婚して、子供を作る。それは世間的には普通で当然のことなのだろうが、異常に生まれてしまったものには、その「普通」こそが苦しみの元凶だというのに。

彼女の親は毒親ではない。普通の親だった。ただ、当の娘が、普通にはけっしてなれない業を背負ってしまった。それ故の悲劇だ。

また、本書を読んだ人の中にも「永田カビは甘えているだけ」と考えるものがいる。彼女の苦しみは自業自得だと言いたいらしい。「永田カビは好きなことを仕事にしているくせに不満をたれてばかりで〜」なんて言ったりする。永田さんは「好きなことを仕事にした」のではなく、「好きな漫画しかできることがなかった」のだが、その違いがわからないのだ。

こういうことを言うのはだいたい普通の人だ。特に「頑張ってきた普通の人」に多い。連中は「障害」や「精神疾患」という言葉は知っていても、その実態まではわかっていない。口先ではなんと言おうと、心の底では人間はみんな同じだと思っている。だから不幸の星に生まれついた人間を見ても「自業自得」としか思わない。想像力がないのだ。

たとえば、「そんなに親が嫌いなら家を出ろ」という感想を書いた人がいる。金がなきゃ出られないだろ。そして金を稼ぐためのアルバイトすら満足にできないほどメンタルに不調を抱えているんだぞ、この作者は。なぜ、それくらいのことも想像できないのか?

もちろん、精神疾患者の中に甘えている人がいないだなんて言うつもりはない。でも、この永田カビさんは自分の現状をなんとか変えようと思って、自分なりに考えて第一歩を踏み出したのだ。そういう人にまで「甘えている」と非難する感覚は、はっきり言って酷い。

僕も社交不安障害というものを抱えているから、世間一般の無理解は何度となく経験した。そのたびに傷ついたし、憤った。そもそも僕がブログを始めた動機の1つは、自分が感じていることを正確に伝えたかったからだ。

1年以上前の、死ぬほど苦しかった時期には、普通に生まれなかった自分を呪ったりもした。しかしその後、よくよく考えてみて、普通に生まれなくてよかったかもしれないと思い直した。

普通の人たちは、自分たちが世間の基準だと思っているが故に、残酷なことを無自覚に、平然と口にする。そういう無自覚な残酷さを持ち合わせるくらいなら、異常を背負っていたほうがマシだ。そのほうが、思いやりや想像力を持っていられるから。