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『内向型人間のすごい力』読書メモ③〜「報酬に対する感度」から「アジアの諺と西洋の諺」まで

『内向型人間のすごい力』という本の読書メモ、パート3。

前回までのはこちら。

www.usamihiro.info

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報酬に対する感度

報酬に対する感度が過敏な人は、宝くじを買うとか、友人と夜ごと出かけて楽しむとか、さまざまな報酬を得ようと夢中になってしまう。報酬に対する感度は、セックスや金銭や社会的地位や影響力といった目標を達成しようと私たちを駆りたてる。階段をのぼって、高い枝に手を伸ばし、人生の最高の果実を獲得しろとハッパをかける。

だが、時として、報酬に対して過敏になってしまう人がいる。暴走した過敏性は、ありとあらゆるトラブルをもたらす。たとえば、株売買で大金を手に入れられるだろうと期待して興奮するあまりに、大きすぎるリスクを冒して、明白な警告信号を無視してしまうのだ。

報酬に対する感度は、外向型の人ほと過敏になる傾向がある。対照的に、内向型の人は警告信号に注意を払って慎重になる。内向型は計画を立てるのが上手で、欲望や興奮といった感情を調節するのに長けている。

報酬を求めることの根底にあるのは、肯定的な感情。外向型は内向型よりも多くの喜びを体験する傾向があり、「熱狂」と呼ばれる状態に頻繁になる。外向型は目標の追求と達成に対して、格別な熱狂を抱くようだ。

対照的に、内向型の報酬系は「反応が比較的鈍く、報酬を求めて逸脱することが外向型よりも少ない」と心理学者のネトルは書いている。内向型は「そうでない人たちと同じようにセックスやパーティや社会的地位に心惹かれることがあるが、彼らを駆りたてる力は比較的小さいので、それらを手にしようとして大ケガをすることはない」のだ。要するに、内向型は簡単に熱狂しない。

熱狂には否定的な面もある。サッカーの勝利に興奮した観客が暴れだすように、肯定的な感情を増幅させた結果、反社会的で自滅的な行動を引き起こすことがある。また、熱狂は私たちに警告信号を無視させるため、リスクにつながる。

内向型の注意深さは、リスクを回避することになるだけでなく、知的な作業をするうえで役に立つ。

報酬指向か、脅威指向か

自分が報酬指向なのか、それとも脅威指向なのか、あるいはその両方なのかを知りたければ、次の文章が自分に当てはまるかどうか考えてみる。

報酬指向

  • 欲しいものを手に入れると、興奮してエネルギーが湧いてくる。
  • 欲しいものがあると、いつも全力で手に入れようとする。
  • 絶好の機会に恵まれたと感じると、たちまち興奮する。
  • いいことがあると、もの凄く嬉しくなる。
  • 友人たちと比較して、恐れることが非常に少ない。

脅威指向

  • 批判されたり怒られたりすると、非常に傷つく。
  • 誰かが自分のことを怒っていると知ったり考えたりすると、酷く心配になって狼狽する。
  • なにか不愉快なことが起こりそうだと感じると、とても気持ちが高ぶる。
  • 重要なことなのに上手くできないと不安になる。
  • 失敗するのではないかと不安だ。

フローを見つける

仕事を愛するために重要なのは、「フロー」──人間が物事に完全に没頭し、精神的に集中している状態──になることだ。

フローを経験するためには、「行動がもたらす報酬ではなく、その行動自体を目的とする」。

もし、あなたが内向型ならば、持って生まれた能力を使ってフローを見つけよう。内向型は、持続力や問題を解決するためのねばり強さ、思いがけない危険を避ける明敏さを持っている。財産や社会的地位といった表面的なものに対する執着はあまりない。それどころか、最大の目標は自分自身の持てる力を最大限に利用することだったりする。

「内向型にとっての秘訣は、世の中の一般的なやり方に流されずに、自分の流儀を貫くことだ」

アジアの諺と西洋の諺

基本的に、アジア人は内向型の傾向が強く、西洋はその反対である。アジアの国々では、迂闊にしゃべらないことが美徳とされる文化もある。

そうしたアジアと西洋の違いが、諺にもよく現れている。

アジアの諺

風は吹けども山は動かず。(日本)

ものを知る人はしゃべらない。しゃべる人はものを知らない。(老子)

ことさら無言をせざれども、独り居れば、口業を修めつべし。(鴨長明)

西洋の諺

完璧な弁舌をつねに努力して求めよ。弁舌は力であり、どんな戦いよりも強い。(エジプト)

スピーチは文明そのものだ。言葉は、たとえどれほど矛盾している言葉でも、結びつきを保つ──沈黙は孤立させる。(トーマス・マン『魔の山』)

きしむ車輪は油をさしてもらえる。(英語圏)

こうした考え方の違いを生みだす背後には、アイデンティティに対する捉え方が関係している。

アジアの文化は集団のアイデンティティであり、個人は家族や企業、社会といった、なんらかの集団の一員とみなされる。一方、西洋は個人のアイデンティティであり、自分自身を集団から独立したものとみなす。家族や企業を愛していても、けっして集団の意思に従いはしない。まず自分ありきなのである。

したがって、西洋人が個性を助長する積極性や言語表現スキルを重んじ、東洋人が集団の結びつきを高める静けさや謙譲や敏感さを評価するのは納得がいく。集団で生活する場合、自分の主張を抑えて従属的にふるまえば、物事はよりスムーズに運ぶ。