『ブラック・ミラー』のランク社会の話は、現代人に突き刺さる

Netflixの『ブラック・ミラー』シーズン3の第1話、「ランク社会」のエピソードを見た。現代人なら一度は見ておくべき話だと思った。

以下、ストーリーの結末には触れずに書いていく。

近未来、人間はSNSによる評価ですべてが決まる社会になっていた。他人をAmazonのレビューのように最高5つ星で評価する。星の平均値によって受けられるサービスが変わり、星4.5以上は「セレブ」として扱われ、逆に2.9以下だと「ちょっと危ないやつ」と見られる。評価が低いと会社にすら入れなくなったりする。

そんな社会なので、主人公の女性は自分の評価を上げることに躍起になっている。鏡の前で笑顔の練習をしたり、他人に愛想を振りまいたり、わざと高評価を送って見返りを期待したり……。

ある日、主人公は旧友の結婚式に招待される。その旧友はセレブになっていて、結婚式に招待されるのは星4.5以上の人ばかりだ。その時点で主人公は4.5には達していなかったが、スピーチでセレブを感動させることができれば自分の評価が上がって、セレブの仲間入りを果たせるだろうと舞い上がる。

この社会が恐ろしいのは、迂闊に暴言を吐くと評価を下げられてしまうこと。そのため、多くの人々は本音を押し殺して、上辺だけの良さを取り繕っている。旧友が主人公を結婚式に招待したのも、「ちょっと評価が劣る友人を結婚式に招待してあげた、寛容な私」を演出するためだった。

『ブラック・ミラー』ではたびたびSNSがテーマになっているけど、これが一番、現代に近いのではないかと感じた。

作中の評価社会は「強制FacebookとAmazon式レビューの合わせ技」といったふうで、さすがに現実はここまで露骨ではない。だが、Facebookで自分の綺麗な面しか見せなかったり、あるいはTwitterで「いいね」やRTをもらうためにキャラクターを作ったり、またはブログをバズらせるためにわざと挑発的なことを書いたりなど、現代でも充分に「評価社会」と呼べる風潮になっている。

こうしてストーリーとして見せられると、他人からの評価を気にしながら生きることが、いかにむなしいかがよくわかる。特に日本人は「空気を読む」という言葉があるとおり、評価を気にしがちな傾向があるので、この話はなおさら突き刺さるのではないか。

自分の本心を大切にしよう。

ところで、「本音」という部分で少し語ると、わざと暴言を吐いてばかりいる人が、周りから「あの人は本音でしゃべっている」と受け取られて評価されてしまう、という問題も往々にしてある。この問題に関しては、シーズン2の「時のクマ、ウォルドー」というエピソードで描かれているので、そちらも合わせて見ていただければと思う。

ちなみに、前回の記事では『ブラック・ミラー』はえぐいよ、ということを書いたが、この「ランク社会」と「時のクマ、ウォルドー」のエピソードは(演出的に)そこまでえぐいものではないので、初心者でも安心して見られる……はずだ。