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姫呂ノート

散文的な個人ブログ

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「内向型と外向型の定義」から「単独作業の大切さ」まで〜『内向型人間のすごい力』読書メモ①

読書

『内向型人間のすごい力』という本を読んだ。

良書だと思ったので、現在再読しつつメモをとっている。当初は最後までメモをとってからブログに投稿しようと思ったが、長くなってきたので、何回かに分けることにした。

今回はパート1。

内向型と外向型の定義

内向型は自己の内部の思考や感情に心惹かれ、外向型は外部の人々や活動に心惹かれる。内向型は周囲で起きる出来事の意味を考え、外向型はその出来事に自分から飛び込んでいく。内向型は1人になることでエネルギーを充電し、外向型は充分に社会で活動しないと充電が必要になる。厳密には内向型・外向型に関する万能の定義はない。ただし、最近では研究者の間で「内向型と外向型では、必要としている刺激のレベルが異なる」という点で合意している。

外向型は素早く、性急に決定を下し、内向型はゆっくりと慎重に行動することが多い。

多くの内向型は「過度に敏感」であり、精神的に傷つきやすいと同時に、普通の人では見過ごしてしまうようなもので感動したりする。 また、道徳心が強いことが多い。

「人格の文化」と「性格な文化」

「人格の文化」の国においては、思慮深く、規律正しく、高潔な人物が理想とされる。他人にどんな印象を与えるかよりも、自分がどう振る舞うかが重要視される。

「性格の文化」の国では、他人が自分をどう見るかが重要視される。目立つ人や面白い人が人気を得、ビジネスの世界においても「他人からの印象」が重要なファクターになる。

日本やアメリカにおいては、昔は「人格の文化」だったが、現在は「性格の文化」になっている。

「性格の文化」においては、外向型の人間こそが理想とされる。

本書では、「人格の文化」から「性格の文化」に変容した象徴として、デール・カーネギーの本が取り上げられている。彼の著書『こうすれば必ず人は動く』には、「こうすれば人は喜んであなたの望みどおりに動く」「一瞬で人に好かれるには」といった章が並んでいる。

性格の文化の登場とともに、つまるところ、私たちは利己的な理由のために、外交的な性格を築くよう促された──これは匿名化が進んだ競争社会で光り輝く手段のひとつだ。だが、現在では、より外交的になることは成功を導くだけでなく、私たちをより良い人間にすると考えられている。売り込みの手腕を、自分の才能を発揮する方法とみなしているのだ。

外向型リーダーの落とし穴

ハーバード・ビジネススクール(HBS)は、まさに外向型を理想とする文化の縮図だ。ほとんどの生徒は勢い良く歩き、ディスカッションの場でも活発に発言をする。教師側もそのような態度を推奨しており、「確信を持って話す。たとえ55%しか自信がなくても100%信じているかのように」「ひとりだけで授業の準備をすれば、きっと失敗する。HBSではけっして単独行動をしないように」「完璧な答えを考えるな。授業に出席して発言することは、黙っているよりもいい」等々を教えている。

HBSでは、内向型の生徒は常に居心地の悪さを感じている。彼らのように思慮深く、不要な発言をしないタイプは、HBSの基本方針とは合わないのだ。

しかし、本当に外向型こそが理想なのだろうか。たとえば、ビジネスの世界では内向型は活躍できないのだろうか?

そんなことはない。むしろ、外向型が陥りがちな失敗は多々ある。

たとえば、「勝者の呪い」という現象がある。それは以下のようなものだ。

オークションなどで競って商品を落札する場合、最高額で入札する必要がある。となると、その額は不合理なほど高くなる可能性がある。競争相手に落札されたくないために、高すぎる金額で入札して、勝者が結局は損をするわけだ。

こうした行動は、積極的な人間にありがちなものだ。一方、思慮深い内向型の場合は、「勝者の呪い」に陥る確率は低い。

実際のところ積極的にしゃべるからといって、その人物の言っていることが正解だとは限らない。にもかかわらず、人間は積極的なしゃべりに納得してしまいがちだ。

若い起業家から頻繁に売り込みを受けている成功したベンチャー投資家は、仕事仲間がプレゼンテーションのうまさと本物のリーダーシップとを見分けられないと嘆いていた。「すぐれた考えを持っているからではなく、しゃべるのがうまいおかげで専門家の地位にいる人がいるのです。しゃべる能力を才能は見分けがつきにくい。プレゼンテーションがうまく、社交的であれば、報われやすい。さて、それはなぜだろうか? たしかに貴重な特質だとは思うけれど、われわれは外見に重きを置きすぎて、内容や批判的な考えをおろそかにしすぎている」とその投資家は語った。

リーダーは社交性に富んでいる必要はまったくない。もちろん、発言すべき場で恐怖に足がすくんでしまうようでは話にならないが、内省的で人前に出ることを嫌うリーダーでも、優れた人物は存在する。本書では、その典型的な例として、IBMの元会長ルー・ガースナーが挙げられている。

「ガースナーはHBSの卒業生である。彼が自分の性格をどう評価しているかは知らない。とにかく、重要なスピーチをしなければならない状況に何度となく遭遇してきただろうし、実際に、きわめて平静にそれをこなしてきた。だが、私の印象では、彼は少人数のグループでいるときのほうが、ずっと居心地がよさそうだ。著名な人々の多くがそうである。全員ではないが、そういう人物は驚くほど多い」

SNSで内向型もアピールできる

SNSの普及で、内向型の人々でも、オンライン上で「本当の自分」をさらけ出すことができるようになった。ある研究では、内向型は現実の会話よりもオンラインの会話により多くの時間を割くことがわかっているという。さらに、時にはオンライン上の関係を現実世界にまで広げたりもする。

単独作業の大切さ

Appleの共同創業者で、典型的な内向型であるスティーブ・ウォズニアックは、かつて、このように発言した。

これまで会った発明家やエンジニアの大半は僕と似ている──内気で自分の世界で生きている。彼らはアーティストに近い。実際、彼らのなかでもとくにすぐれた人たちはアーティストそのものだ。そして、アーティストは単独で働くのが一番いい。ひとりならば、マーケティング委員会だのなんだのに意見を差し挟まれることなく、自分の発明品の設計をコントロールできる。本当に革新的なものが委員会によって発明されるなんて、僕は信じていない。もしきみが、発明家とアーティストの要素を持ったたぐい稀なエンジニアならば、僕はきみに実行するのが難しい助言をしよう──ひとりで働け。独力で作業してこそ、革新的な品物を生みだすことができる。委員会もチームも関係なく。

実際、ある研究結果によると、過去、創造性に優れた人々の多くが落ち着いた内向型だったという。彼らは自分自身を個人主義者と表現し、10代の頃には内気で孤独だった。チームで何かを成し遂げるよりも、単独作業を好む性格だったのだ。

もしかしたら、孤独こそが創造性の種なのかもしれない。親は子供に1人で勉強させるべきで、企業は従業員にプライバシーと自主性を与えたほうがいいのかもしれない。

しかし、現代社会ではまったく逆のことを行っている。何よりもチームワークを優先し、創造性は社交の場からもたらされると信じている。著者は、こうした状況を「新集団思考」と呼んでいる。

たとえば、最近の企業のオフィスは「オープン・オフィス」になっている。自室を持っている者はおらず、壁や仕切りのない広い部屋で、ほぼ全員が作業をするシステムだ。また、多くの小学校では、従来は一律に教団に向かって置かれていた児童机が、グループ活動に便利なように4個ずつほどまとめて配置されるようになった。算数や作文などの科目でさえ、グループ単位で授業が進められるのだ。著者が訪問した学校では、「グループの全員が同じ疑問を持ったときでなければ先生に助けを求めてはならない」というルールがあった。

協同アプローチの根底には政治がらみの進歩的な考えがある──生徒がおたがいに学び合えば、自主的な学習ができるという理論だ。だが、ニューヨーク州やミシガン州やジョージア州の公立や私立の小学校で教師たちから話を聞いたところ、グループ学習は大企業に牛耳られるアメリカ社会のチーム文化のなかで自己主張するための練習の場にもなっているのだと語ってくれた。

実は、新集団思考の登場にはワールドワイドウェブ(WWW)の誕生が関係している。「集合知」という言葉を聞いたことはあるだろうか。インターネット上の優れた人々が知恵を出し合うことで、驚くべき創造物が生み出されるという考えだ。たとえば、オンライン上の百科事典として有名な「Wikipedia」が、集合知の代表的な例である。

この集合知の考えを、オフライン(現実世界)でも再現しようとしたのが新集団思考なのだ。だが、そこには忘れられていることがある。オープンソース・クリエイターたちは共有のオフィス空間で働いてはいなかったし、そもそも、同じ国にいないことさえあった。オンラインの世界で集合知が成功したのは、それぞれが自分の時間を自由に使えたからだ。彼らは電子空間というただ1つの場所だけを共有し、それ以外は各々が好き勝手なスタイルで作業できた。

コンサルティング会社のCEOであるトム・デマルコが相棒とともに調べたデータによると、「オープンオフィスは生産性を減少させ、記憶力を損なうことがわかっている」という。周囲から見られているという意識が、不安を抱かせ、ストレスレベルが上昇し、オフィスの騒音がさらにストレスを増大させる。このような状況では従業員は攻撃的になり、離職率も高める。

また、長年の研究から従来のブレインストーミングは有効ではないこともわかっている。

心理学者たちはブレインストーミングが失敗する理由を、通常三つあげている。第一は、社会的手抜き。つまり、集団で作業すると、他人任せで自分は努力しない人が出てくる傾向がある。第二は、生産妨害。つまり、発言したりアイデアを提示したりするのは一度にひとりなので、その他の人たちは黙って座っているだけだ。第三に、評価懸念。つまり、他者の前では自分が評価されるのではないかと不安になる。

つまり、オフラインで集合知を再現しようとする試みは、あらゆる観点から問題があるのだ。

一方、心理学者のアンダース・エリクソンは、自身の研究から、「ひとりで真剣に学ぶこと」の大切さに行き着いた。彼は、「偉大な業績をあげる人は、いったいどのようにしてそれをなし遂げるのか」をテーマに研究し、その結果、同じ練習時間でも、チーム練習と個人練習では、個人練習のほうが上達が速いことを突き止めたのだ。

いったいなぜ、孤独はこれほど魔法のような働きをするのだろうか。ひとりでいるときにだけ集中的実践が可能になり、それこそが多くの分野において驚異的な成果をもたらす鍵なのだと、エリクソンは語った。なにかに集中して練習しているときには、より高い知識を身につけたり、パフォーマンスを向上させたり、自分の進捗状況を検討して軌道修正したりすることが可能になる。こうした水準に達しない練習は無益なだけでなく、逆効果を招きかねない。向上をもたらすどころか、現状の認知メカニズムを強化してしまうのだ。

集中的実践がひとりでやってこそ効果があるのには、いくつか理由がある。極度の集中を必要とするので、他人の存在は気を散らすもとになりうる。心の底から自然に湧いてくるような強い意欲も必要だ。だが、もっとも重要なのは、あなた個人にとって非常にやりがいを感じさせる事柄に取り組まなければならない、という点だ。ひとりでいるときにだけ、あなたは「自分にとってやりがいのある事柄に、まともに向き合える。自分の技能や能力を向上させたければ、自発的でなければならない。グループ学習を考えてください──あなたは集団のなかのひとりでしかありません」とエリクソンは語った。

著者によれば、一部の企業は静けさや孤独の価値を理解しはじめ、単独の作業スペースに静粛ゾーン、カジュアルなミーティングエリア、カフェ、読書室などを提供する「フレキシブル」なオフィスプランを提案しているという。

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