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姫呂ノート

散文的な個人ブログ

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反トランプ運動の一部が暴徒化した責任は誰にあるか

社会

2016年のアメリカ大統領選挙はドナルド・トランプの勝利で幕を閉じたわけだが、その結果に衝撃を受けた人々による反トランプ運動が起こっている。

抗議デモが全米各地で行われており、その一部が暴徒化して逮捕者まで出てしまった。

www.yomiuri.co.jp

日本のネットを見ていると、この件を受けて「反トランプのほうが暴力的」と感じている人も多いようだ。

確かに、暴力はいけないことだ。それにはまったく同意する。一方で、こういうふうに感じる人々が忘れていることがある。それは、そもそもアメリカでヘイトが高まった原因が誰にあるのか、という点だ。

はっきり言ってしまえば、大本の原因はトランプ氏にある。今回の大統領選は候補者同士の非難がたびたび繰り返されたが、その中でもトランプ氏は特に差別的な発言で何度も問題になった。女性蔑視、宗教差別、メキシコ移民者を性犯罪者呼ばわりなど、「さすがに度を越している」というものがいくつもある。

たとえば、あなたの前にAとBという2人の人間がいるとする。両者は互いに嫌い合っていたが、特にAはBに対して、馬鹿だのアホだの強姦魔だのと散々罵倒を繰り返した。ある日、ついに我慢の限界を超えたBは、Aに対して殴りかかった。

そのとき、あなたはどう思うだろうか?

Bに対して暴力は悪いとしつつも、挑発を繰り返したAにも責任があると思うのが普通ではないだろうか。

ところが、Twitterなどを見ていると、挑発した側の責任は無視して、キレた側を一方的に断罪している人が多いように見受けられる。

今回の反トランプデモでいえば、もちろん選挙の結果は受け入れるべきだし、暴力に訴えるのはもってのほかだ。ただし、そこまでヘイトを稼いだのが、ほかならぬトランプ氏本人であることを忘れてはならない。

実際、トランプの支持者が、民主党の支持者に対して差別を行ったという事件もたびたび発生している。反トランプの機運が高まっている背景に、こうした事情があることも考慮する必要があるだろう。

カレン・ピーターズさんは、勤労者世帯が中心の静穏な住宅街で人生の大半を過ごしてきた。こぎれいに整えられた自宅前の歩道に、黒のスプレーで書かれた文字は、筆跡こそ乱暴な走り書きだったが、侮辱のメッセージは明白だった。

「KKK ビッチ」(白人至上主義の秘密結社クー・クラックス・クラン(KKK)の略称と雌犬の意)

こうした人種的偏見に満ちた落書きは、10月半ばから、インディアナ州の小都市ココモの自動車、家屋、電柱などに出現している。ピーターズさんのような被害者の多くはアフリカ系米国人だが、そうでない人もいる。多くの人は芝生に、今週の大統領選挙で民主党を支持するプラカードを立てていた。複数の家庭のカードには悪名高き「KKK」のイニシャルが吹き付けられていた。

「これは政治的な問題だと思う。手に負えなくなりつつある」とピーターズさんは言う。大統領選挙における対立の過熱、それも特に共和党ドナルド・トランプ候補の攻撃的な移民排斥主義の論調が、過激主義者を大胆にさせているのだと彼女は考えている。

「(候補者が)無教養なことを口にしていると、たぶん他の人々もそういうことをやっても問題ないのだと考える。本当に悲しいことだ。私たちの国は逆戻りしつつあるように思う」

www.newsweekjapan.jp

選挙終了後、レディー・ガガは「愛は憎しみに勝つ」というプラカードを掲げてトランプに抗議した。それは単にトランプ個人が嫌いだという意味ではなく、彼が煽った憎しみに打ち勝とうという意味合いが含まれている。

mdpr.jp

いずれにせよ、読売の記事によれば、反トランプのデモや集会のほとんどは平和的に行われているという。一部が暴徒化しているのを見て、反トランプの全体が暴力的であるかのように論じるのは、ただの偏見にすぎない。

そして、トランプ氏には、自分が煽ったヘイトを収める責任がある。それが大統領としての最初の使命だ。

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