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姫呂ノート

散文的な個人ブログ

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「駅乃みちか」議論の個人的まとめ

社会

www.j-cast.com

ネット上で話題になった「駅乃みちか」問題に対する個人的なまとめ。基本的にはTwitter上の擁護に対する反論を貼っていっただけのもので、あくまで「論理性や公共性を踏まえるとこちらが正しい」と僕が思ったものを並べている。間違っても、僕自身が表現規制賛成派だというわけではないので注意。

エロく見せる要素について

「エロいのは人それぞれ」という意見にはまったく賛同できない。なぜなら、それは作家による「エロく見せるための表現技法が駆使されている」という点を無視しているから。

また、「人それぞれ」というのは厳密に言えばの話であって、大勢の人間が(大なり小なり)エロいと感じるポイントは確かに存在する。

あと、修正前のスカートはいくらなんでも不自然。

公共性について

公共機関がゴーサインを出した時点で公共性の問題になる。当たり前のこと。

Twitter上では「公式コラボだけど公式キャラクターじゃない」って擁護している人がいるが、それはいくらなんでも通らない。たとえゲスト参加でも許可を出したのならその時点で「公式」だし、実際、まずいと思ったからスカート部分を修正したのでは?

現実の人間と架空のキャラクターを同一視する問題

なぜかというと、この論法だと「キャラクターにも人権が必要」ということになりかねず、そうなってしまったらより規制が進むから。

さすがに下着雑誌の表紙と比べるのは……

いくらなんでも下着雑誌の表紙と比べるのはない。

春画に対する誤解

そもそも現代とは基準が異なる昔の絵を引っ張ってきて比較すること自体、フェアじゃない。

似たようなので、昔の「アート」を持ちだして、「なんで昔の絵は許されるんだ!」的なのもあるけど、これも違う。昔だって批判にさらされてきたし、その全部が現代まで残っているわけじゃない(むしろ残っていないもののほうが多い)。批判にさらされ、それでも文化的な価値が認められたものだけが生き残ってきた。

企画側の意識の低さ

で、企画側の対応を見ていると、どうも「批判が来るかもしれない」という意識がなかった節がある。それは要するに、企画に対する考えが浅かった=萌え絵を起用する理由を煮詰めきれていなかった、ということだと思う。

皮肉のつもりで宗教差別

正直、Twitterで見てきた擁護意見の中で一番ドン引きした。本人に「これは差別だ」という意識が皆無なところがたち悪い。こういうことをすると規制派をつけあがらせるだけなので、本当にやめていただきたい。

ダブスタとヒステリーについて

僕は表現規制反対派だけど、今回の擁護派とは距離を置いている。それはなぜかというと、単純に、こういうむちゃくちゃぶりについていけないから。

どうすれば萌え絵は受け入れられるのか?

たぶん、今回の問題を一発で表しているのが上記のツイートだと思う。

やっぱり、公共機関が萌え絵に(たとえどんな形であれ)ゴーサインを出すのはよくないだろう。それは萌え絵の文法(テクニック)の中に「男性の欲求を満たす」という目的が入ってしまっているから。どう言い訳しても「女性を性的に消費する」という意味合いが含まれていることになる。

もちろん、僕はこういったものを社会から抹殺すべきだとは思わない。民間の商業なら好きなだけやればいい。実際、商業の萌え絵は認められているし、それを規制しようという意見に賛同する人はまったくいない。

「萌え絵は発表の場を間違えなければよし」というのが結論だ。

その他

よくある擁護に「Aは批判するのに、Bのことは批判しないのか」というものがあるけど、これは「Bも批判しています。あなたが知らないだけです」か「Bのことは今まで知りませんでした。当然、反対します」で終わる話なので、わざわざツイートを引用しなかった。

あと、「何をエロいと思うのかなんて人それぞれ」という意見にもう1つだけ言わせてもらうと、人それぞれだからこそ、公共性や表現の意図、表現技法が問われるのではないだろうか。また、「人それぞれだから、不快に感じる人なんて無視していい」みたいな擁護者もいるが、それはさすがに暴言というものだ。

余計なトラブルを起こさないためには、適切な住み分けが必要だ。それは規制の手から表現の自由を守るためでもある。そういう意味で、公共機関が安易に萌え絵コンテンツに飛びついたことは、批判されてしかるべきだと思う。

おまけ(追記)

ホークアイ(笑)

真面目に言うと、こういうふうにポージングは同じで男女の性別だけ変えてみれば、「性的な部分が強調されているか否か」がよくわかる。

重ねるが、僕は表現規制には反対だし、民間だけでやるなら萌え絵もどんどんやればいいと思っている。ただ、性的な部分が強調されているのは事実なのだから、そういう作品に公共機関が関わるべきではない、ということ。

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