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姫呂ノート

散文的な個人ブログ

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知的文章の条件について

読書

2週間前、図書館で文章に関する本を借りた。タイトルに「知的文章」と入っていたので気になったのだが、ほかにやることがあって、結局本を読まないまま返却することになってしまった。

一応、流し読みはしていたので、その記憶をもとに、自分なりに知的文章について考えてみようと思う。

知的文章とはなにか

まずは定義から考えよう。

文章を読んでいて、「これは知的だな」と感じることはあるが、はっきり「こういうのが知的文章だ」と定義するのは難しい。ただ、一般的には論文が知的文章の代表格だと思われるので、それを念頭に置こう。

感情的な文章の逆であることは間違いない。「知」とは情報であり、情報を料理する技術であり、そこには必ず冷静さが伴う。情熱が込められることはあっても、感情を丸出しにすることはない。

知性によって書かれた文章。知性を感じさせる文章。そういうのが知的文章だ。

知的文章の条件

知的文章を生み出すための条件について考えよう。

文章が短い

知的な文章は、無駄がない。簡潔な表現で内容をまとめている。

曖昧さがない

曖昧な表現を使うと、文章はふわふわした印象になってしまう。知的な文章を書くのであれば曖昧さは排する。

また、主語を忘れないようにする。日本語は主語がなくても通じる場合が多いが、誤解されることも多々ある。基本的に、主語は書いたほうがいい。

明確なテーマがある

伝えたいメッセージが明確に打ち出されていること。それが、「テーマがある」ということだ。

テーマがあることによって、読み手は「これは◯◯について語っているのだな」と、迷うことなく文章を読み進められる。

語彙が豊富

「正確な表現をする」と言い換えてもいい。

人間は、言葉によって物事を理解する。語彙が豊富であればあるほど、より正確に物事を理解できる。たとえば、本をただ「本」と呼ぶか、「絵本」「文庫本」「単行本」「ゲームブック」「アートワーク」「詩集」「小説」というように分けて呼ぶかでは、どちらのほうが理解度が高いかは一目瞭然だ。

理解度の高さは知性につながる。よって、正確な表現をするために、語彙が豊富であることが望ましい。

わかりやすい

たまに、大人っぽく見せるためにわざと難しい言い回しをする書き手がいる。これは間違いだ。読者に伝えるためには、まずわかりやすいことが第一である。

論理的である

支離滅裂な文章では何も伝わらない。文章に説得力を与えるのは論理力だ。

論理的とは、筋が通っている、ということだ。筋を通すために必要なことは、内容に不足がないこと。たとえば、「散歩に出たら、水に濡れてしまった」では、なぜ水に濡れたのかが不明だ。「散歩に出たら、雨が降ってきたので水に濡れてしまった」と書くことで、不足がなくなり、文章に筋が通る。

想像力をかき立てる

文章で一番大事なのがこれだ。

読み手の想像力をかき立てる。読み手は想像力をかき立てられることによって、文章に集中する。良い文章とは、想像力をかき立てる文章のことだ。

想像力をかき立てるコツは、具体的に書くことである。

初代iPodのキャッチコピーは「1000曲を、ポケットに。」だった。実に想像力をかき立ててくれる。これが「音楽をいっぱい、持ち歩こう。」とか、「◯◯GBの音楽プレーヤー」だったら、一部の人にしか伝わらなかっただろう。「1000曲」と「ポケット」という具体的な言葉を組み合わせることで、想像力をかき立てる文章になったのだ。

8月2日追記

ちょっとAmazonで検索してみた。たぶん、この本だったと思う。

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