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姫呂ノート

散文的な個人ブログ

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【書評】著者の自分語りにたえられるか?『清涼院流水の小説作法』

読書

清涼院流水の小説作法

清涼院流水の小説作法

「清涼院流水の」という部分がミソで、小説のノウハウ本というより、著者のエッセイ的な要素が強い。この著者の場合は他の作品もそうなのだが、かなり人を選ぶ本だと感じた。

大まかな内容

小説家(自称「大説家」)の清涼院流水氏が、小説の書き方や作家としての心構え、そして小説の未来について綴った本。途中で何度も作者の経験だったり考えだったりが記されており、これはもうエッセイと言い切っていいかもしれない。

ただし、エッセイといってもノー知識で楽しめるものではなく、ある程度、清涼院流水という作家のことを知っている人(少なくとも著作を何作か読んでいる人)でなければ面白くないだろう。とにかく自己愛が強い人なので、まったくの初見だと「なんだこいつ」と思うことまちがいなしである。

清涼院流水とは

森博嗣や西尾維新といった作家を輩出したメフィスト賞の第2回受賞者であり、「1年のうちに1200個の密室で1200人が殺される」という設定のミステリー『コズミック』でデビュー。

キャラクターの名前を「九十九十九(つくも じゅうく)」や「ピラミッド・水野」といった珍妙なものにするだけでなく、登場する探偵たちの捜査方法に必殺技のような名前をつけるといった、いわゆるラノベ的な要素がある。というか、現在のラノベ界隈における「キャラクターに珍妙な名前をつける」「特殊能力のオンパレード」という流れを生み出したのは、たぶんこの人。この人の影響で西尾維新の作品がああなり、さらにその西尾維新の影響で他がああなった。

その奇抜な設定とナンセンスな展開から、「流水の作品は読了後、思わず壁に叩きつけたくなる」と言われている。実際、僕も壁に叩きつけたくなった。だが、それこそが流水の味でもある。

著者の自分語りにどこまでついていけるか

上述の通り自己愛が強い人で、その自己愛の強さは本書にも表れている。簡単に説明すると、「ぼくの作品はこんなにも叩かれたり無視されたりしているが、それはぼくの作品が常識を超えているからだ。ぼくはそんな自分の作品に誇りを持っている」というような語りが何度も出てくる。

他にも「ぼくの自作ベスト3」を発表したりとか、「昔の作品で今の自分のレベルを判断されたくないので、この◯◯という作品以前のものは読まないでいただきたい」といったことが書かれている。冗談なんかではなく、本気で。

はっきり言って、そういうノリについていける人以外は読まないほうがいい。イラッとするから。ちなみに、僕はそういうノリについていけない人種なので、かなりイラッとした。

まとめ

自分は清涼院流水のファンだ、あるいは氏の世界観に興味があるという人ならば読んでみて損はない。一方、清涼院流水に興味がない、あるいは純粋なノウハウ本が読みたいという人はスルー推奨。

なお、この人のデビュー作である『コズミック』は知らない人でも一度は読んでみるといい。やはり人によってはイラッとするかもしれないが、『コズミック』の場合はそれを差し引いても貴重な読書体験になる。いろいろな意味で。

コズミック流 (講談社文庫)

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コズミック水 (講談社文庫)

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