読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

姫呂ノート

散文的な個人ブログ

スポンサーリンク

他に選択肢があると検索しなくなる

雑記

母がNetflixで『テラスハウス』を見ているのだが、ある日、アプリから『テラスハウス』が見つからないと愚痴りだした。どうも前回の使用時に誤ってマイリストから削除してしまったらしい。

「どうにかして」というので、僕は「検索で探せばいいよ」と教えた。すぐに番組は見つかったようだ。

なぜこんな簡単なことに気づかなかったのだろうと疑問に思った。おそらく、普段から「検索する」という行為をしていないからだろう。

あとは、メニューの存在があるからかもしれない。メニューに表示されている項目を順番にクリックしていくことに慣れているから、検索を使わないのかも。

ただ、Netflixのメニューは少し曲者で、番組の表示順序が頻繁に変わったりする。基本的にユーザーへのおすすめが優先されて表示されるので、メニューから目当ての番組を探すのはなかなか面倒だ。はっきり言って、検索で探したほうがずっと早い。

そのとき気づいたのだが、これって別にNetflixに限らない。「検索で探したほうが早い」というシーンは他にいくらでもある。ところが、メニュー画面の項目など、他に選択肢があると、慣れていない人は検索を避けてしまう傾向があるようだ。

日本人は、ごちゃごちゃしているページを好むようだ。未だにヤフーが人気であることから、それがわかる。しかし、メニューがあることが、かえって目的のものへ到達することを妨げている部分がある。ユーザーに効率よく目的の情報にたどり着いてもらうためには、あえてメニューは表示しないほうがいいのかもしれない。Googleのトップページがシンプルなのも、そのためだろう。

また、ユーザー側の視点だと、ごちゃごちゃしたものに慣れてしまうと非効率になっていく、ということが言える。最初のうちには面倒に思えても、シンプルなものに触れていくことが、やがてさまざまなことを効率化できることにつながるのだろう。

と、そのようなことを考えた1件だった。