読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

姫呂ノート

散文的な個人ブログ

スポンサーリンク

『文章の品格』を読んで、どうすれば文章が上達するのか考えた

読書

文章の品格

文章の品格

『文章の品格』(林望)という本を読んだ。文章が上手に書けるようになりたい、という人のための本だ。この本を読みながら、どうすれば文章が上達するのか考えた。以下、僕なりの考えを混じえながら感想を書いていく。

敬語を覚えること

著者は、「文章の基本は日頃の話し言葉にある」として、ちゃんとした敬語を覚えることの重要性を説いている。

仕事の上でも敬語を覚えていないと困ることがあるので、敬語を覚えることは賛成だ。しかし、敬語を使っていれば文章に品格が宿るのかといえば、それは違うと思う。

世のなかを見回してみると、口調は丁寧なのに、言っている内容はもの凄く失礼だというケースがたくさんある。口調というのは、あくまで見た目であって、品格が宿るかどうかは別問題なのだ。

大切なのは、相手に対して敬意があるかどうかだ。敬意さえあれば、多少は言い間違いをしても、品格は宿る。

パソコンで執筆する

著者は1949年の生まれだそうだが、この年の人にしては珍しく、コンピュータで書くことを推奨している。手書きに対する幻想なんて持ち合わせていない。

たとえばまた、アメリカ人は手書きというものを好まず、私信でも昔からタイプ打ちで送ってくるのが普通でしたが、だからといってそのタイプされた手紙は心がこもっていないなんてだれも思わなかったであろうと思います。

と、著者は述べているが、まさにその通りだ。

未だに「手書きの文字はその人の心を映す」なんて主張する人がいるけど、こんなのは得意か不得意かというだけの話だ。どんなに練習したって下手くそな文字しか書けない人もいるのだ。そこのところをわかってほしい。

これも結局、大切なのは見た目ではなく、内容なのだ。文字ではなく、文章の内容こそが、その人の心を映すのだ。

模倣すること

上達するための方法として、「上手な文章を模倣するのがいい」と著者は述べている。この著者だけでなく、同じことを主張する人は多い。

これには、僕は否定的だ。

僕も以前は模倣していた。プロの文章を筆写していれば、自分の文章も上達していくと信じていた。しかし、模倣していて感じたのは、違和感ばかりだった。文章とは呼吸のようなものだ。呼吸の仕方は1人ひとり違う。他人の呼吸と自分の呼吸が合わないのは当然なのだ。

それよりも、自分で書いて、自分がしっくりくる文章を見つけたときのほうが、模倣していたときよりもずっと上達を感じた。

この経験から、僕は模倣に否定的になった。最初は下手でも、自分なりの文章を追求したほうが、結果的には上達しやすいと思うようになった。

古典文学

豊かな表現を身につけるには古典を読むことが必要。

これもその通り。なぜなら、昔から現在まで生き残っている作品は、往々にして文章表現に優れているからだ。

ただし、自分に合わない作品を無理して読む必要はない。もちろん文学者を目指しているのであれば話は別だが、単に文章表現を身につけたいという動機ならば、自分の肌に合う作品だけを追いかけていけばいい。

この著者は日本文学を押しているようだが、どうも僕には日本の古典はつまらなく感じる。逆に、海外の古典小説は面白いものが多いと思った。そういうわけで、この頃は古典といえば海外のものばかり読むようになった。

本のまとめ

ページ数が100ほどしかなく、1日で読み終えることができた。かといって、内容まで薄いわけではなく、むしろ著者の知見が濃縮されていた。僕とは意見が合わない部分もあったが、まちがいなく良書だ。

文章の品格

文章の品格