読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

姫呂ノート

散文的な個人ブログ

スポンサーリンク

クリエイターはもう少しオリジナルをリスペクトしてほしい〜『真・女神転生Ⅳ FINAL』のクリシュナが宗教家に抗議された件をきっかけに考える

ゲーム

ゲームファン以外は知らないだろうが、『真・女神転生Ⅳ FINAL』(メガテン4F)というゲームをめぐってちょっとした騒ぎがあった。このゲームに「クリシュナ」というヒンドゥー教の偉い神様(英雄)が登場するのだが、その姿がとても神様に見えない、むしろ悪役にすら見えるということで外国の宗教家から抗議があった。

ゲーム内のクリシュナの姿は下記の公式サイトから確認できるので、知らない人はまずそちらを見てほしい。

megaten4f.jp

なるほど、これは確かにギャングっぽい。ちなみにクリシュナは過去の真・女神転生(メガテン)シリーズにも登場しているが、そのときはちゃんと神様に見えるデザインだった。ついでに言えば、昔のメガテンはどの悪魔(神)も神話に忠実になるようデザインされていた。

で、この件で日本のネット上では「ゲームのキャラクターに突っ込むな」とか「他のゲームのクリシュナはもっとひどい」といった意見が大勢を占めているのだが、僕はどちらかというと、この宗教家の怒りもやむなしと思っている。これが、たとえば仮にファイナルファンタジー(FF)とかだったら「突っ込みは野暮だな」と思うところだが、メガテンの場合は事情が異なる。以下で、その理由を説明したい。

その前にひとつだけ。ここでいう「メガテン」は「メガテン本家シリーズ」を指している。ペルソナやアバタールチューナーのような外伝は含まないので、その点を留意していただきたい。

実際の神話から流用するということ

そもそもメガテンとはどういうゲームか。FFにもシヴァやオーディンといった神話を連想させるキャラクターたちが登場するが、それらとメガテンの悪魔(神)たちはどう違うのか。

FFのシヴァやオーディンは、「名前だけ借りた別物」である。実際の神話のシヴァは冷気系の技なんて使わないし、オーディンにしたって斬鉄剣などという武器は持っていない。ついでに言えばドラクエにも「アトラス」や「パズス」といったキャラクターが登場するが、これらも実際の神話とはまったく関係ないキャラクターとして描かれている。名前が同じなだけの別の存在なのだ。

一方で、メガテンの悪魔や神々は、神話そのものの設定で登場する。名前だけ借りた別物ではない。実際の神話の悪魔と神々が、同じ世界を舞台に登場するというのが、メガテンとそれ以外を分ける重要なファクターのひとつで、言ってしまえば、メガテンというゲームは神話の二次創作なのだ。

例の宗教家の人が怒ったのも、この点に由来していると僕は想像している。だって、実際の神話がもとになっているのに、それと異なる描かれ方がされていたら「おかしいじゃん」と思うのが当然だからだ。特に今回は「一神教VS多神教」と銘打っているのだから、なおさらだろう。

そういうわけで、僕は宗教家の人が怒ったことについてはわりと同意する。「わりと」とつけるのは、ひょっとしたら物語上でクリシュナが上記のような姿をとっていることに正当な理由があるかもしれないからだ。なにぶん、事前に公開された情報をもとに書いているので、ストーリーの内容次第では「これはありだな」と意見を変える可能性も充分にある。

なお、ここまで書いてきたことで、僕が「ペルソナやアバチュのような外伝は含まない」といった理由もわかってもらえると思う。ペルソナはあくまで「もうひとりの自分」であり、アバチュの悪魔は「人間が変身したもの」で、どちらも神話の悪魔(神)ではないからだ(実際にはメガテンの外伝にも実際の神話をベースにしているものがあるのだが、そこまで触れていくと面倒なので省略する)。

Fateシリーズについて

ところで、「神話をもとにしたゲーム」といえばメガテンの他にもFateシリーズがあるわけだけど、あれははっきり言って最低だと思っている。「そのほうが売れるから」というだけの理由で(それ以外の正当な理由って何かある?)男だった人物の性別を女にしていくのは、元ネタに対する愛がまったく感じられない行為で、悪い二次創作の見本だろう。言っておくが、これはシナリオの出来不出来とは別次元の問題。僕も実際に『Fate/stay night』をプレイしてみて、もとになった神話や伝説についてはよく調べてあるし、シナリオ自体は面白いと思ったけど、やはり性別変更は駄目だ。アイデンティティに深く関わる部分なのだから。

ここを読んで、「最低は言い過ぎだ」と思う人は当然いるだろう。しかし、セイバーだけならまだしも、Fateシリーズは派生作品が出るにしたがって歯止めがきかなくなっているように見えるし、実在した人物までが性転換させられていることを踏まえて、あえて「最低」と言わせてもらうことにした。

オリジナルに対する愛

「二次創作はオリジナルに対する愛がなければいけない」というのはよく言われることだ。じゃあ、その「愛」とは具体的にどんなことなのか、幾度となく議論になるわけだけど、まず「オリジナルの設定を捻じ曲げない」というのが第一ではないだろうか。メガテンにせよFateにせよ、またそれ以外の作品にせよ、二次創作を行うのであれば、もう少しオリジナルをリスペクトしてほしい。それが嫌なら自分でオリジナルを作るか、せめて名前だけ借りるにとどめるべきだ。伝説や神話に著作権はないわけだけど、だからといって「何をしてもいい」と開き直るのは、クリエイターの態度としてどうかと思う。これはリスペクト精神の問題だ。