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姫呂ノート

散文的な個人ブログ

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余命わずかの老人が愛について語る『モリー先生との火曜日』

読書

モリー先生との火曜日

モリー先生との火曜日

『モリー先生との火曜日』という本を読んだ。この本は、難病に侵され余命わずかとなったモリー教授が、元生徒のミッチにいろいろな話をする、という内容だ。死、家族、感情、金といったテーマが展開されるが、そのどれにも共通しているのは「人生の意味」について語っているということ。僕も、「人生の意味」を模索している。自分の存在価値を感じ取りたいと思っている。だから、この本を手にとった。何か、僕の人生に有意義な意味を見つけられるヒントがあるのではないか、と思って。

すべては愛

モリー教授の話は、どれも僕の胸に突き刺さった。モリー教授には、一貫した信仰がある。それは「愛」だ。教授はミッチに、たびたび愛の大切さを説く。愛の受け取り方、そして愛を外に出す方法を学ぶこと。それこそが人生で最も大切なんだと、教授は言う。

自分本位になった現代人

モリー教授は、現代人は経済的生活に慣れてしまったせいで愛を見失ってしまったという。みんな、自分本位でものを考えて、人類にとって重要なことはなんなのか、すっかり考えなくなってしまった……驚くべきなのは、これを死にかけの老人が言っている、ということだ。モリー教授はだんだん身体を動かすことができなくなって、ついには自分のおしりを拭くことさえ、他人にやってもらわなくちゃいけなくなる。そういう状況にあって、モリー教授は他人の悩み相談を受けつづける。心の底から、「誰かの役に立ちたい」と願っているのだ。モリー教授の生き様を見ていると、僕は自分が恥ずかしくなってくる。病気に侵されているのだとしても、ほんのちょっとでも他人の役に立つことをする。それができるはずなのだ。

思いっきり悲しむ

この本から、僕が学んだことはたくさんある。たとえば、モリー教授は「泣きたいときは、泣いてもいいんだ」という。実際、モリー教授も、朝は悲しくなって泣いてしまうのだという。普通の人なら、泣くことは恥ずかしいことだってがまんするかもしれないけど、モリー教授は違う。がまんしない。悲しいときはひたすら悲しんで、それから、「よし、いっぱい悲しんだから、次は楽しくなろう」とする。僕は心理学の専門家じゃないけど、素人なりに、人間の心理的に上手なテクニックだと思った。下手に悲しみをがまんしていると、悲しみがずっと堆積してしまう。悲しみから離れるためには、一度、思いっきり悲しむ必要がある。

自分だけの文化を作る

また、モリー教授は、「自分だけの文化を作ることが大事だ」ともいう。これは要するに、社会の価値観に流されない、ということだ。常識を疑う、と言ってもいい。勘違いしてはいけないが、犯罪をしろということではない。本のなかでモリー教授も言っているけど、基本的な社会のルールには従う。ただし、もっと大きなこと……「何を信じて、何を信じるべきじゃないか」という価値観は、自分で決めなくちゃいけない。そういうのも、モリー教授は、自分の教え子たちが「お金」という社会的な価値観に流された結果、精神的に貧しくなってしまったことを見てきたからだ。だから、自分が本当に好きだと思えるものに集中することが大事だと言うのだ。

現在でも、最近は「自分の好きなことをやろう」というスローガンをあちこちで見るようになった。でも、モリー教授は、それに加えて「愛」の大切さも説いている。愛とは、社会や人類全体に、自分が持っているものを与えることだ。「自分の好きなことをやろう」は、一歩間違えると「好き勝手にやろう」という蛮族みたいな思想になるし、実際に蛮族そのものの思想の人も少なくないけど、モリー教授は違う。こういうのを教養というのだな、と読んでいて感じた。

ノンフィクション

すごいのは、これが実話だということだ。元生徒のミッチは、ある日、テレビの番組でモリー教授が難病に侵されていることを知り、忙しいなか、毎週火曜日に時間を作って会いにいく。モリー教授は、残された時間を、ミッチとの最後の授業に費やす。こういう人が現実に存在したというのは、すごく勇気づけられる。とても良い本だった。

モリー先生との火曜日

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