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姫呂ノート

散文的な個人ブログ

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デアデビル 第9話「自分の中の悪魔」レビュー

デアデビル

「女性に会ってきました。悪魔の恋人に。悪魔のことを知るためです。僕が何を犠牲にするのか……確認に」


Netflix限定ドラマ『デアデビル』のあらすじと感想。今回は第9話となる。

なお、前回のレビューはこちら。

uhiroid.hateblo.jp

前回のラストで自ら表舞台に出てきたフィスクにより、マットたちは打つ手を失ってしまう。

一方、市民から信頼を得たフィスクは、最大の懸念である覆面の男を片づけるため、卑劣な罠を仕掛けるのだった。

あらすじ

エピソード9 - 自分の中の悪魔

フィスクが表舞台に出てきたことにより、合法的な手段で追い詰めるという作戦は、もはや破綻しかけていた。先日まではネットでフィスクの名前を検索しても何もヒットしなかったのに、今ではお涙頂戴の記事であふれかえっている。一部の市民からは「キリストの再臨」とまで呼ばれていた。

こうなった以上、最後の手段はフィスクを殺害することだが、一線を越えることに躊躇するマットは教会の神父に悩みを打ち明ける。「悪魔はいますか?」マットのその問に、神父は「悪魔は私たちのなかにいる。さまざまな姿で」と答える。

一方、偽りの経歴で市民からの信頼を得たフィスクは、懸念材料である覆面の男を始末する計画を立てる。そのために彼は、ヤクザのボスであるノブを利用することを思いつく。

フィスクが表舞台に出てからまもなくして、カルデナス夫人が再びマットたちの事務所を来訪する。立ち退きの件でもめていたアパートだが、新たにフィスクが所有者となったことで、立ち退き料が倍になった。カルデナス夫人以外の住民は、この条件を飲むつもりなのだという。そんな彼女に、フォギーは、戦う心を持ち続けるよう励ますのだった。

その後、マットは美術館で働いているバネッサを訪ねる。彼女を通してフィスクという人物を知るためであったが、そこにウィルソン・フィスク本人が現れる。フィスクは「街の平和と繁栄を願っている」と語り、マットは「僕も同じですよ」と答える。一見すると共感しているようだが、彼と自分では目指している「平和」の方向が違うことを、既にマットは知っていた。

再び神父のもとを訪れるマット。既に彼の正体を察していた神父は、次に彼が取ろうとしている行動もわかっていた。神父は、殺人を思いとどまるよう説得する。

事務所に戻ったマットを待ち受けていたのは、カルデナス夫人の訃報だった。夫人は、玄関の前で麻薬常習者にポーチを奪われ、ナイフで刺されたのだという。その後、フィスクがテレビでこの事件について、「黒い覆面の男が街に恐怖をまき散らしている」とコメントするの聞いて、犯人はフィスクの差金であることを悟る。

夜、怒りに燃えるマットは覆面をかぶって街中の麻薬常習者を尋問し、フィスクの手がかりを追う。そして埠頭にある倉庫にたどり着くのだが、そこで謎の忍者に襲撃される。忍者の正体は、ヤクザのボス、ノブだった。

重傷を負いつつ、からくもノブを倒すマット。だがそこに、フィスクが部下を引き連れて現れる。はたして、このピンチをマットはどう切り抜けるのか──。

感想

なんといっても今回の驚きはノブが忍者だったことだろう。ヤクザのボスが忍者。まさにアメコミ的な日本観だ。

冗談みたいな展開だが、そこで描かれる戦いは壮絶なものだった。ノブはこれまでのどの敵よりも強く、1対1で終始マットを圧倒していた。鎖がついた短刀に翻弄され、今までにないほど傷だらけになっていく。今回、マットが彼に勝利できたのは運が良かったからにすぎない。

本筋とはあまり関係ないが、バネッサのアートに関する話がよかった。「アートは家具と違い、好きなものを飾るだけで、あなたに語りかけ、心を揺さぶる」。役には立たなくても、ただそこにあるだけで意味があるという、アートの本質を表したセリフだと思った。

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