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姫呂ノート

散文的な個人ブログ

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「ちょっとした出来事」が、他人にとっては大きなことだったりする

雑記

ここ数日、どうも身体の調子が悪い。具体的には、過睡眠と頭痛である。過睡眠は薬の量を減らしてからはもっぱら起こるようになって、1日10時間とかは当たり前、酷いときは12時間も眠っている。それだけならまだいいのだが、これに頭痛が重なると1日が地獄と化す。ただでさえ過睡眠で時間が潰れているのに、頭痛のせいで丸1日ほとんど何もできずに終わったりする。

以前から2週間に一度は頭痛になったりしていたのだが、ここ最近は1日おきで起こっている。連続で頭痛になるものだから、身体だけじゃなく精神にも負担がかかる。結果、体調がマシな日でも鬱になって気力が湧いてこない。

今日は体調が良かった。窓の外から日が差し込んでいた。部屋のなかで日光にあたっているうちに、なんとなく、外出しようと思った。ちょうど昼時で空腹だったので、何か食べてくることにした。

外をぶらついていると、モスバーガーの店舗が目に留まった。「そういえば、期間限定のハンバーガーがあったっけ」と思い出し、それを食べることにした。とびきり特製ベーコンという名前だったと思うが、とにかくそれを注文した。

ハンバーガーはとても美味しかった。チーズの甘さとベーコンのぷりっとした食感がたまらなかった。

その後、僕はバッグからパソコンを取り出して、ネットサーフィンしながら残ったアイスコーヒーをちびちび飲んだ。たまに思いついた詩を書いたり、執筆中の小説の続きを書いたりして過ごした。平日だからか、店内は客も少なく、快適だった。

1時間ほど経った頃、店を後にした。その頃には、平常時の半分ほどの元気が戻っていた。

普通の人から見れば、「ただモスバーガーで食事をした」というだけの出来事にすぎないだろう。だが、精神をやられている者からすれば、「ただそれだけの出来事」が生きる活力になったりするし、逆に、ちょっとしたことで大いに落ち込むこともある。

人間は、つい自分を基準にして他人を見てしまいがちだが、ここで改めて言うまでもなく、自分と他人は違う現実を生きている。それを理解することが、優しさの第一歩なのだ。